はりきゅう院 歩 院長の福家です。
「寝たきりの方に鍼灸はできるの?」という質問をよくいただきます。
一見、身体を動かさない状態では鍼灸の効果が出にくいように思われがちですが、実際にはむしろ、動けない方こそ鍼灸の恩恵を受けやすいのです。
身体の中では、動かさなくても血流や神経の働きが常に変化しています。
訪問鍼灸は、その滞りや緊張をゆるめ、動けない状態でも「心身が少しずつ動き出す」きっかけをつくる医療です。
動かせないからこそ必要なケア
寝たきりの状態では、筋肉や関節を動かす機会が極端に減り、血液やリンパの流れが滞ります。
血行が悪くなると体温も低下し、筋肉の柔軟性が失われ、次第に関節の可動域が狭まっていきます。
その結果、関節拘縮(関節が固まる)や浮腫(むくみ)、褥瘡(床ずれ)などの二次的な障害が現れ、日常生活動作はさらに制限されていきます。
痛みや違和感があると身体を動かすのが怖くなり、さらに動かなくなる。こうした悪循環を断ち切ることこそが、訪問鍼灸の大きな目的です。
鍼やお灸で筋肉の緊張を和らげ、血液やリンパの流れを整えることで、関節の動きや皮膚の状態が改善します。
また、副交感神経が優位になり、心身のリラックスが促されるため、不眠や不安感の軽減にもつながります。
身体の奥に滞っていた巡りが動き出すと、自然と呼吸が深くなり、表情や声にも変化が見られるようになります。
動けない方の体の中でも、「回復の力」は確かに生きています。それを引き出すのが、訪問鍼灸の仕事です。
訪問鍼灸で得られる具体的な効果
訪問鍼灸の目的は、ただ痛みを和らげることではありません。
寝たきりの方にとっては、わずかな変化が生活の快適さを大きく左右します。
たとえば、関節の動きが数度広がるだけで着替えがスムーズになり、血流が整うことで皮膚のトラブルが減少する。こうした小さな積み重ねが、心身の安定へとつながっていきます。
関節拘縮・筋緊張の緩和
関節周囲の筋肉が緩むことで、寝返りや体位変換の際の痛みが軽くなります。
動かしやすい身体になると、介助のたびに感じていた苦痛や抵抗も減り、ご本人の表情に落ち着きが戻ってきます。
血流改善と褥瘡予防
長時間同じ姿勢でいると、皮膚への圧力が局所的に集中し、血流が悪化します。
鍼やお灸による温熱刺激で血流が促進されると、皮膚の新陳代謝が高まり、褥瘡の予防に繋がります。
特に仙骨部や踵など、床ずれが起こりやすい部位の周囲に施術することで、皮膚の状態を保ちやすくなります。
冷えとむくみの改善
寝たきりの方は下肢の血液循環が悪くなり、足先の冷えやむくみが慢性化することがあります。
鍼灸によって末端の血流が改善すると、体温が上がり、皮膚の血色が良くなります。
冷えの改善は睡眠の質にも影響し、夜間の不眠や寝苦しさの軽減にもつながります。
消化・排便リズムの改善
腹部や腰部への刺激により、内臓の血流が促されます。
便秘や食欲低下に悩む方でも、腸の動きが活性化し、排便リズムが整いやすくなります。
体の内側から巡りが整うことで、代謝や体力の回復にも良い影響が出ていきます。

施術の流れと安全性
訪問鍼灸の施術は、無理に動かすことはせず、現在の身体状態に合わせて進めます。寝たままの姿勢でも施術可能で、体位や関節の角度を慎重に確認しながら、痛みの出ない範囲で丁寧に行います。鍼は髪の毛ほどの細さで痛みはほとんどなく、お灸も低温でじんわり温める程度です。
施術後は身体が軽く感じられ、深い呼吸や穏やかな眠りを促す効果もあります。
また、褥瘡のある部位には直接刺激を与えず、その周囲の血流改善を目的とした施術を行います。医師・看護師・介護スタッフとの連携を保ちながら、安全性を最優先に進めることを大切にしています。訪問鍼灸は医療と介護の中間に位置する支援であり、双方の視点から「安心して受けられる医療」を提供することが私の使命だと感じています。
ご家族・施設スタッフとの連携
寝たきりの方のケアでは、ご本人だけでなく、ご家族や介護スタッフのサポート体制も欠かせません。
当院では施術後に身体の変化を共有し、介助時の注意点や日常ケアの工夫をお伝えしています。
「今日は関節の動きが良くなった」「足のむくみが減った」といった変化を共有することで、日々の介助に自信を持って取り組んでいただけます。
また、介助動作における姿勢や支え方など、現場で使える具体的なアドバイスも行います。
無理な力を使わず、相手の身体の“流れ”に合わせて動かすことができれば、介助者の負担は大きく減ります。
訪問鍼灸は単に身体を整えるだけでなく、介護全体を「ラクに、穏やかに」していくためのサポートでもあります。
医療保険と費用
訪問鍼灸は医療保険を利用できるため、経済的な負担が軽く続けやすいのが特徴です。医師の同意書があれば、1割負担の方で1回あたり約400円前後。
健康保険・後期高齢者医療・医療助成制度なども適用されます。書類の準備や医師との連携は当院が行うため、ご家族や施設側の手間もかかりません。
生活保護の方は対象外ですが、自費施術(60分 6,600円+交通費)も対応可能です。
施術内容や頻度については、状態を見ながら柔軟に調整し、ご本人・ご家族の希望に合わせた形で進めていきます。
院長 福家の想い
私はこれまで、整形外科や介護施設で多くの寝たきりの方と関わってきました。動けない時間が長くなるほど、筋力だけでなく表情や声の力まで失われていく。しかし、鍼灸を通して身体の奥に残る“反応”を引き出すと、わずかに手足が動いたり、呼吸が深くなったり、ほんの少し笑顔が見えたりする。その瞬間に立ち会うたび、人が持つ回復力の強さを感じます。
訪問鍼灸の目的は、単に痛みを取ることではありません。「もう一度、自分らしい時間を取り戻すこと」。寝たきりであっても、できることはたくさんあります。身体が動けば心が動き、心が動けば家族の笑顔が増える。その連鎖を生み出す支援を、これからも続けていきたいと思っています。
まとめ
寝たきりの方にこそ、訪問鍼灸は意味があります。
身体の緊張をやわらげ、血流を整え、穏やかに過ごせる時間を増やすことができます。
施術によって動作が軽くなるだけでなく、ご家族や介護スタッフの負担が減り、現場全体が明るく変わっていく。
それが訪問鍼灸の本当の価値だと私は考えています。
私、福家はこれからも、ご本人・ご家族・施設スタッフの皆さまと協力しながら、「動ける身体」と「安らげる時間」を届けていきます。
動けない日々の中にも、できることは必ずあります。
その一歩を、共に探していきましょう。
訪問鍼灸について詳しく知りたい方は、こちらのページをご覧ください。
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